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京都の魅力

古寺巡礼、絢爛たる祭、歴史と文学のあとを訪ねる散歩みち

東山三十六峰

「美しい水があり山があった。樹木の厚く繁った東山に、寺の大屋根や塔が柔かく抱かれているのを見るほかに、…」と、大仏次郎の『帰郷』の主人公、恭吾は鴨川べりの宿からの風景に京都らしさを感じる。牛車や自転車のかわりに自動車が多くなったが、東山の緑は、昔も今もまったく変わらない。「ふとんきて寝たる姿や東山」の言葉どおり、三条から五条あたりまでの間から見た東山の山脈は、なだらかでごく自然に続いている。

 誰がどのように数えたのか、東山三十六峰というが、北は比叡山から大文字山、将軍塚、清水山、阿弥陀ガ峰、六条山、花山、稲荷山、大岩山、桃山と起伏が続いている。京の町は碁盤目であるから、東西の通りからは、この東山のどこかの部分を東に見ることができる。時間により、日により、季節によってその色彩は異なり、その感情も常に一定のものではない。京都の町に生活する者は、無意識のうちに、その東の山を感情のどこかに受け入れているに違いないと思う。雨あとの緑が水々しい東山を意外に近くに感じて驚くこともあり、また、霧雨の中に消えようとする東山の淡彩に冷たさと淋しさを感ずることもある。冬がもう終りに近い日、一日降りつづいた雪が止んで青空が現われ、その下に白くなった東山が見えたときは、今までになく感動した。そんな時の東山は近くに見え、一本一本の樹木もあざやかに立体化している。次の日にもまだ雪は各所に残って、大文字山の火床のあるところだけが白く、あぎやかに雪の大文字をえがいていた。また、清水寺の本堂、三重塔の屋根にも雪が残り、黒味がかったような山肌の中に、幻想の寺を浮上させるのだった。東山は、一見、南北に続く単純な山脈であるが、雨の走る日、霧のわく日など、気象条件が変化する時には、谷のひとつひとつ、峰のひとつひとつが明らかとなって、意外に複雑な山肌であることがわかる。

 東山の濃緑の山肌に、八坂塔(法観寺)と三重塔(清水寺)がごく自然に並んでいる風景は、古都を代表するものである。自然と人工物のパランスがうまくとれているのが京都のすぐれた特長であることを、 しみじみと知らされる風景である。いずれの季節でも、淡色であって、強くアクセントがつけられることは少ないようで、例えば、春は淡紅の花の群が山麓にひろがり、夏はじっとりとした緑が山をおおい、秋には淡色の紅葉が山肌を彩る。

 鴨川の流れ、柳の木の並び、黒っぽい屋根の並び、そしで東山の緑のつらなり、すべてが集まってひとつの風景を構成しているため、そのうちのひとつでも欠けた場合には混乱がおきそうに思われる。

 五条通りからは、ちょうど東正面に清水寺が見え、八坂通りからは、八坂塔がきゅうくつそうに家屋の間から姿を見せる。四条通りでは、正面に朱色の八坂神社の間があり、 うしろに東山の緑が近くせまっている。粟田口からは、疏水の流れと緑があり、今出川通りからは、大文字山が正面に見える。それぞれの町からは、それぞれの東山が日常の生活と共にあるようである。

「美しい水があり山があった」この言葉がいつの時代にもあてはまる美しい自然を持つ京都は、永遠の都であることを再認識する。心なき人々は、その山肌に何かをつくろうとするが、誰もそんなものを必要とはしない。

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