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京都の魅力

古寺巡礼、絢爛たる祭、歴史と文学のあとを訪ねる散歩みち

清水寺から高台寺・円山公園

 東山山麓には、古都の感情を知ることのできる要素が各所にあって、どこをどう歩いても、何かにぶつかり、いずれの時代かにひきもどされることになるだろう。だが、東山の道は、歴史のある散歩道であると同時に、墓所への道であるため、深い永遠のねむりをさまたげぬよう静かに歩きたい。
 五条坂の正面は西大谷本廟で、背後に、いわゆる鳥辺野の墓地がひろがっているが、案外明るいため、死の世界といった暗さはない。西行法師が歌った「なき跡を誰としらねど鳥辺山 をのをのすごき塚の夕ぐれ」といった時代とは、かなり違った現代の鳥辺野の風景となっている。
 清水坂をのぼると、にぎやかな門前町の東のはずれに、石段の上に楼門と西門と二重塔が音羽山の緑を背にしてあらわれる。清水寺は、その本堂の舞台があまりにも有名なため、境内にあるいろいろな建物は影がうすいようである。たしかに、高さ12メートルの懸崖造りの本堂は巨大なもので、檜皮葺の屋根は、優雅な曲線を中空にえがいている。この美しさを見るには、奥の院の舞台から、夕焼けの中に沈み行く太陽の光で見るのが一番いいと思う。紅色の雲と西山の黒い山脈を背景に、本堂の力強い柱列と擬宝珠のシルエットが、遠い日の夕暮れにみちびいてくれる。
 思いきったことをするとき「清水の舞台から飛びおりる」というが、本当に飛びおりた人があるらしい。舞台の下には音羽ノ滝があり、南への道をとれば泰産寺子安塔をへて清閑寺に出る。塔から清閑寺への道は、「歌の中山」といっている美しい山路である。
 清水坂の中程の三叉路を北へくだる石段の坂が三年坂で、大同3年(808)に開かれたためにつけられた名で、別に、かつて清水寺の前にあった子安塔へ通じる坂道として産寧坂の名もあった。三年坂から北ヘ進めば二年坂であるが、このあたりは自動車が通ることもなく、骨董品店、高台寺焼やいろいろなみやげ物店をのぞきながら静かに歩けるところである。二年坂から左ヘとれば、八坂塔へでることができる。二年坂を北へくだって、東西に走る京都神社、高台寺の参道にでる。ここには切妻造りの薬医門があって、桃山時代の力強い姿を見せる。高台寺あたりの春は、めまぐるしい花の海となり、いたるところに桜の花が咲きこぼれている。高台寺には開山堂、霊屋、臥竜楼、時雨亭、遺芳庵、鬼瓦席などすぐれた建物が多い。高台寺の西門をくだるあたりの雰囲気は、いかにも京都らしい静かなところであると思う。この道をくだったところが円徳院で、その前の道が北へいわゆる真葛原をへて円山へ通じている。甘酒の旗が上塀からのぞき、椿、山茶花、竹林が土塀ごしに色彩をそえるすばらしい道である。昔、このあたりに高台寺の北門があったため、高台寺北門道といっている。北へ進めば円山公園にでて、東の双林寺への道のそばに芭蕉堂、西行庵がある。円山公園の音楽堂の東には、東大谷本廟があり、静かな緑の道がはてしなく続くところである。ある人は、「円山公園を日本でただひとつの公園らしいもの」としているが、たしかに自然そのままの美しさと巨大な知恩院の屋根も調和を見せている。しだれ桜は、この公園のシンボルであり、さらに京都のシンポルでもある。