京都の魅力

古寺巡礼、絢爛たる祭、歴史と文学のあとを訪ねる散歩みち

深泥ガ池と宝ガ池

 マネやモネといった印象派の画家たちがアトリエを捨てて、自然の中での色彩と光の刻々の変化を発見し、そして自然の真の表情をとらえたように、いわゆる古社寺と苔むした石の庭で代表される京都から一歩をふみだしてみると、平安京以前の自然を発見することができる。

 京都市街の北郊の小丘の間には、深泥ガ池、宝ガ池といった静かなところがある。これらの池や池をとりまく四季のめぐみはすばらしく、また、一日の微妙な連続的変化の中に、たゆとう光と色の風物誌を見ることができる。ある時には、暗色の雨雲がつくる黒ずんだ水面に、コウホネの黄色があやしく点在して幻想の世界を見せてくれる。そして、数分後にははげしく雨滴が水面を打ちはじめて、すさまじい変ぼうを続けていくのだった。春早く、宝ガ池や深泥ガ池には珍しいトンボが池面に飛び、近くのくさむらには、黄と黒のだんだらのギフチョウが静かに翅をやすめている。

 宝ガ池をとりまく桜は、真近にせまる比叡山を背景に明るく咲きこぼれる。超近代的な国立京都国際会館の異様な姿も、池と山と緑、そして桜やツツジの自然の中にあっては、その異様さを十分に発揮できないようだ。たぶんこの建物を考えた人は、自然との調和を考えたことだろう。かつて「眠りこけた愚者の楽園」であった京都が、明治維新によって大きく近代化への一歩を進めたが、明治百年の今日、文化観光都市のシンボルとして、この建物が出現した。これによって、再び京都は近代化への自覚をよびさまされることになるだろう。紫色の比叡山の前に、カラフルな万国旗が自色のポールの上に風にはためいているのを見ると、古い京都を忘れてしまいそうである。

 京都盆地は北へ行くにしたがってせり上っていく。そして、その北端にいくつかの小丘が並ぶ。これらの小丘はチャートからできているため、浸食されないままに残ったもので、いわゆる残丘とよばれるものである。京都北郊は最近あわただしく開発され、かつて近郊野菜を生産していた田園地帯の面影は次第にうすれていく。深泥ガ池や宝ガ池あたりには、まだ緑が残されているが、さらに北の岩倉を中心とした小さな盆地は、住宅地としての開発が進んでいる。深泥ガ池、宝ガ池あたりの小丘の緑も、もはや今日では孤立の砦となったようである。

 これらの小丘の間には、太古の時代に、一大沼沢地帯であったことを教えてくれる自然がいくつか残されている。上賀茂神社の東の大田神社には、天然記念物「大田ノ沢カキツバタ群落」があり、東の深泥ガ池には、ミツガシワ、ジュンサイ、ヤチスギラン、カキツバタ等の北方の系統の植物が生存していて、かつて京都の気候が寒冷であったことを示している。深泥ガ池の水生植物群落も天然記念物となっているが、排気ガスや汚水の流入で、かなりいためつけられているのは悲しいことである。この池のジュンサイを汁に入れて食卓にだすことなどは、遠い日の物語のひとつだろう。

 小丘や池の間を散策している時、思わぬところで小さな湿原を見つけ、赤いモウセンゴケとその上を飛ぶ日本最小のハッチョウトンボのかわいい姿を追うことも、まだ可能なのはすばらしいことである。
国立京都国際会館

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