京都の魅力

古寺巡礼、絢爛たる祭、歴史と文学のあとを訪ねる散歩みち

睡蓮の花咲く浄瑠璃寺

 つい数年前までは、堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」をたずさえた、ごく僅かな人影が、簡素な山門をくぐる程度の閑寂境なったが、最近は文字通りの〝古寺ブーム〟で、交通網も発達し、奈良からの直通バスが乗り入れているほどだ。農家の庭には、にわか仕立ての茶店までが出来、休日などには″〝名物とろろ〟の客で満員になることもあると言う。

〝板の間の冷たさを足裏に感じながら、薄暗い堂ぬち〟での〝みほとけとの対話〟などと言う厳粛な精神主義は、すでに過去のものという感がいくらかはあっても、美の世界に遊んで楽しもうという人達にとっては、恰好の場所と言えよう。

 浄瑠璃寺は、860年前に行基によって創建され藤原時代の阿弥陀堂の姿を伝える完全唯一の古寺である。定朝作の仏像を9体安置しているところから、一名九体寺とも呼ばれる。その中には、重要文化財となっている木像着色の華麗な吉祥天女像がある。

 奈良からの足の便がよいためか〝大和古寺〟のひとつと考えられがちだが、実は京都府相楽郡加茂町にある。

 境内の大池いちめんに、睡蓮の花がひらく初夏の景観が実にみごとだ。特に朝のうちが良い。

 間口11間、奥行4間の細長い本堂の、王朝風で繊細な木組みに、また居並ぶ9体の金色の仏像群にほのかな花あかりが及んでいる。それは人工光線ではかもし出すことのできない自然美なのだ。

 また深い木立に囲まれた池の水面に、白や黄やピンクの花が浮かぶ情景は、見る人にまさしく浄土へ来た感を抱かせるであろう。

 残念なのは、吉祥天女像の開帳が4・5・10・11月のみで、花の咲く頃には扉が閉ざされていることだ。

 睡蓮を観賞したあとは、岩船寺への山路をたどることをお薦めする。道端の草むらの蔭にいいくつもの野の仏が人から忘れ去られたように、ひっそりと置かれている。季節の果実や手作りのカキモチ、ワサビなどを棒につるして下げた無人ポストなどもあってひなびた山村の風情をじゅうぶん満喫できる。

 さわやかな初夏の陽射しのなかを、石仏を探勝しながらゆけば、約30分で岩船寺に到着する。

 交通は関西本線加茂駅からバス15分。